大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和45年(ワ)11088号 判決

原告 永田照治

右訴訟代理人弁護士 石田泰三

同 小室恒

被告 都築好吉

右訴訟代理人弁護士 松岡浩

主文

被告は原告に対し、昭和飛行機工業株式会社の株式三六六株にあたる株券の引渡をせよ。

右株券引渡の強制執行が不能な場合には、被告は原告に対し、二一万九六〇〇円の支払をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は、全部被告の負担とする。

本判決は、確定前に執行できる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、別紙目録記載の五〇〇株券一枚を分割して同目録記載の株券の引渡をせよ。右株券引渡の強制執行が不能な場合には、本件口頭弁論終結時の東京証券取引所後場終値で計算した右株式の価額の支払を求める。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

一、原告は、昭和三五年頃、原被告および訴外都築邦夫の共有にするということで、右二名と共に清川進一なる架空名義で昭和飛行機工業株式会社の株式一〇〇〇株(一〇〇株券一〇枚)を取得し、右架空名義人の住所を被告住所と定め、被告が右株券を保管していた。

二、昭和四〇年頃、右株式を三人で等分に分けることになった。原告は自己取得分として一〇〇株券三枚を受取り、残る一〇〇株一枚は、株価が高くなったら売却して三等分するということで、被告が引続き保管することになった。

三、その後右株式は、昭和四三年一月一日付で、旧株一に対し新株一の割合の無償増資を行い、原告取得分の名義が変更されずにあったため、また訴外都築邦夫についても同様であったらしく、被告が五〇〇株券二枚を清川進一名義で取得した。

四、よって、原告は、被告に対し、所有権に基づき更に三六六株の引渡を求める権利があるので、別紙目録記載のとおりの株券の引渡を求める。

もし、右株券引渡の強制執行が不能となったときは、代償として、昭和四六年一一月二九日東京証券取引所の後場終値である一株当りの単価で計算した三六六株分の合計額の支払いを求める。

と述べ、被告主張に答えて、「本件株券購入が訴外会社の資金によってなされたことは認めるが、役員賞与の一部とするという約束があったもので、訴外会社所有ではない。」と主張した。

被告訴訟代理人は、請求棄却・訴訟費用原告負担の判決を求め、請求原因に対する答弁として、

「第一項中、被告が清川進一名義で、原告主張の株式を有していることは認めるが、買入年月、その趣旨、原告のための保管は否認する。第二項は否認する。ただし、昭和四三年頃、原告に右株式三〇〇株を贈与したことがある。第三項中、原告主張どおりの増資があり、株式を受け取ったことは認めるが、その余は不知。」と述べ、「仮りに、被告の原告に対する株券交付が、増資以前(原告主張では昭和四〇年頃)であるとしても、本件株券は、訴外株式会社都築商店の所有に属するものであるところ、被告は、右訴外会社の訴外住友銀行(神田支店)に対する資金借入のため、本件株券を含む昭和飛行機工業株式会社の株券全部を右銀行に担保として(増資前の分昭和三九年頃、増資後の分昭和四三年頃)差入れ、右訴外会社は昭和四六年頃右株券を売却処分して債務を弁済したものであるから、原告の請求は失当である。仮りに、右主張に理由がないとしても、原告の請求は公序良俗に反するから許されない。」と主張した。

証拠関係については、記録中、証拠目録記載のとおりであるから、引用する。

理由

被告が清川進一名義で、原告主張どおりの株式一〇〇〇株を所有していたこと、および後に原告主張どおり無償増資を受けたことは、当事者間に争がないが、株式保有の経緯、日時等には争があるので、証拠を按じるに、≪証拠省略≫を総合すると、原告の全主張に副う証拠があると言える。一方被告側の反対立証としては、被告本人の供述がある。これは、例えば、一番肝腎の三〇〇株を原告に分与した時期が増資前か後かについても、また、銀行に担保に差入れた時期についても、曖昧であるが、双方供述の信憑性につき、更に証拠を検討するに、≪証拠省略≫を総合すると、原告はもと訴外都築商店の従業員として長く先代都築助三に仕え、裁断部門の責任者として重用され、昭和二五年訴外株式会社都築商店設立後はその取締役として遇されるに至ったこと、昭和三三年右助三の死亡後、弟好吉があとをついだが、好吉の子供で助三の養子となっていた邦夫が、昭和四〇年頃訴外会社の事業の後継者とならないことになったこと、その頃から経営は思わしくなく、原告は後継者になれとの話を断ったこと、結局、邦夫の弟でそれまで別の仕事をしていた英二が後継者となったが、経営上原告と対立することが多く、また、好吉経営時代になって以後の経理関係の不明朗に不信感を覚えたこともあって、原告は結局昭和四四年五月限り訴外会社から身を引いて独立したこと、そして同じ洋服卸商を開業したが、訴外会社と競業関係に立って険悪な情勢になり、約束の退職金も払って貰えないので、これを相手取って別訴(当庁昭和四五年(ワ)第九九五〇号事件、本件と併合後、和解で終了したことは、記録上明らかである。)を提起するに至ったこと等を認定できる。

右のような間接事実を念頭において、前記内容の対立する原被告本人の両供述を検討すると、原告本人の供述の方が信憑性ありと言わざるを得ず、本件株式は原告に贈与した旨の被告主張は到底認容できない反面、原告主張はすべて認めることができる。

被告はまた、公序良俗違反をいうが、これを認めるに足りる証拠はない。

よって、原告は、被告に対し、所有権に基づき、本件株式の増資分を合せて二〇〇〇株中三分の一にあたる六六六株(二株分切捨)から既に引渡を受けた三〇〇株を控除した三六六株につき、その株券の引渡を求める権利があるといわねばならないところ、被告本人の供述によれば、原告に引渡された分以外の株券はすべて訴外会社の銀行債務の担保とされ、その後売却処分して右銀行債務の弁済に充当されてしまったことが認められる。従って、その限りでは原告の請求は失当ということになる。

しかしながら、この場合、本件の特定の株券を被告が占有していなくても、原告としては同種同等の代替物としての昭和飛行機工業株式会社の株券三六六株の引渡でも差し支えない筈であるから、本件株式を被告が既に処分してしまったからといって、不特定物としての株券引渡の請求としては、これを棄却することはできず、一応その引渡を命じなくてはならない。原告の請求は、その限度では理由がある。

ただ、本件株券を既に被告が処分してしまったと認められる以上、右強制執行が奏功しないおそれも十分に考えられる。そこで、原告の予備的代償請求について考えることとし、右株式の本件口頭弁論終結時における価格を見るに、結審当日である昭和四六年一一月二九日の後場終値が一株当り六〇〇円であったことは日刊新聞紙上において知りうるところとして当裁判所に顕著であるから、株券引渡の強制執行不能の場合には被告は原告に対し、その三六六株分二一万九六〇〇円を支払うべきものである。

ちなみに、原告は最終口頭弁論期日の弁論において準備書面に基づき「口頭弁論終結時の東京証券取引所後場終値で計算した金額」と主張したのみで、右六〇〇円ないし二一万九六〇〇円という金額を明示的に主張していないため、この点民事訴訟法第二二四条の「請求ノ趣旨」の記載として特定不十分ではないかとの疑問がないではないが、前判示のとおり、右価額は日刊紙上で逐日容易に知りうる客観的数値であるから、原告のような主張方法でも特定していないとは言えない。(ただ、訴状記載の金額一五万〇〇六〇円との差額について印紙を追貼すべきことは言うまでもない。)価額変動の多い株式の帰属の係争において、このような便法を許さず、それ以前の時点の額で特定せしむべきものとすれば、それだけ価額変動によって代償価格が強制執行時の価額と齟齬する度合が大きくなるので失当であり、可及的に強制執行時に近い結審時の額を主張するためには、このような特定方法も訴訟法上適法であると解すべきである。(付言するに、結審時以後、株価が上った場合には原告はその消極的損害を負担せざるを得ないが、逆に下った場合には、被告は、代償価額を支払う代りに、株式を取得し株券を交付することによって免責されるわけである。)

以上の考察を総合し、原告の請求中、特定株券引渡の趣旨の部分を棄却し、他はすべて認容することとし、訴訟費用は民訴法第九二条但書により全部被告の負担とし、仮執行宣言については同法第一九六条に則って、主文のとおり判決する次第である。

(裁判官 倉田卓次)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例